荻悦子詩集より~「蜂」 蜂 書物を広げ 語りかける老人の背後に 丘に向かう石段がある 不揃いな自然の石を集めて 傾斜はゆるい 青い花を咲かせた釣鐘草が 細長い茎を捩じるように揺れ 大きな蜂が二匹 波のように交互にやって来ると 淡い青灰色をして動く 老人は前方をじっと見据える かつて憂鬱を押し込めて秀でていた額が 歪んだ顎と均衡をなくし 肩は丸く下がってしまう 声はそよ風に気後れしている 蜂は 前から横から襲ってきて 唸りぶつかり 去っていく 老人は 首を傾け 編み目の粗いセーターの袖をまくり 決して決してと呟いて 髪を撫でつける 荻悦子詩集「流体」より