佐藤春夫と谷中安規

佐藤春夫の小説に『環境』というのがあります。1943(昭和43)年5月刊行のこの本の表紙カバーを外すと、表に桃の画(方哉[まさや]の誕生を祝して春夫が描いたもの)が描かれ、裏表紙に記されているのが、「方哉は日本一のせがれ… 続きを読む 佐藤春夫と谷中安規

「亡友谷中安規」~佐藤春夫の追悼

(略)谷中安規ははじめ朝鮮の親もとから脱出して来て長谷川巳之吉氏の第一書房の発送係か何かに住み込んでゐた二十ばかりのころ、友人堀口大学のところで初めて出あった後、僕が彼の画才と赤貧に処して卑俗でないその生活態度とを愛して… 続きを読む 「亡友谷中安規」~佐藤春夫の追悼

荻悦子詩集より~「残響」

残響 投げられた マンドリン 波うち際 胴の中を走る 微量の砂 波のざわめきを割って ゆれあがる残響 硬く厚く 明け方 壁の海図に 亀裂を走らせる いくつもの半島 横たわる湾 砂丘をなぞり 汀をなぞり 見知らない海鳥の影… 続きを読む 荻悦子詩集より~「残響」

谷中安規「画人としての半生」

旬日ならずして、風の如く、当時、新築の佐藤春夫氏方にまかりいでぬ。君のくるのを待ってゐたと申されき、「苦楽」と云ふ雑誌に支那小説をかくが挿絵をかきては如何に、約一年程、連続す、さすれば君の生活も助からう、われ未熟乍ら人の… 続きを読む 谷中安規「画人としての半生」

谷中安規

内田百閒に「風船画伯」と呼ばれた流浪の版画家谷中安規は、1897(明治30)年奈良県磯城郡(現・桜井市)、昔から観音信仰で有名な長谷寺近くの参道の商家で生まれています。母を6歳で亡くし、1904(明治37)年頃、父の仕事… 続きを読む 谷中安規

「絵本 FOU」

美術的な才能にも恵まれていた佐藤春夫は、ほんの装丁、本造りにもなみなみならぬ関心を抱いていた作家でした。主人公の画家マキ・イシノのフランス・パリでの暮らしぶりをややメルヘンチックに描いた作品が『FOU 一名「おれもさう思… 続きを読む 「絵本 FOU」

「街の本」シリーズ

谷中安規が、1933(昭和8)年の国画会に出品した<街の本>は4点シリーズ。「ムーラン・ルージュ」はパリの有名なレヴュー劇場をまねた新宿の軽演劇「ムーラン・ルージュ新宿座」がモチーフ。赤い電飾を灯した4枚羽のムーラン・ル… 続きを読む 「街の本」シリーズ

風船画伯・谷中安規と佐藤春夫

この記事は、平成28年11月15日(火)から、29年3月12日(日)まで佐藤春夫記念館で開催された企画展「風船画伯・谷中安規と佐藤春夫」に用いられたトーク資料を元に書かれています。今回、あらたに佐藤家で見つかった谷中作品… 続きを読む 風船画伯・谷中安規と佐藤春夫

荻悦子詩集~「流体」

流体 なぜ馬なのか それも白い 疾走する肢体が 薄明のなか 青ざめて見える 濡れた砂に 私が残した旋律 わたしの歌はやがて乾き 砂はうねって丘をつくった だが やさしい稜線 などと なぜ感じるのか 大きく揺れあがる馬の背… 続きを読む 荻悦子詩集~「流体」