熊野詣(2) そもそも「蟻の熊野詣で」といわれた熊野三山信仰は、平安時代の浄土信仰のひろまりによって盛んになったものだ。本州最南端にあって京都からみて真南に位置する熊野は、現世における極楽浄土とみたてられた。 仏教化して… 続きを読む その時、熊野は動いた⑧~熊野詣 2
カテゴリー: 熊野・新宮の歴史雑学
その時、熊野は動いた⑦~熊野詣 1
熊野詣(1) いつだったかぼんやりとテレビをみていたら、マイホーム訪問かなにかの番組に富司純子さんが出ていて、 「うちの子供たちがほたえて、もう大変…」と、しゃべっていたので、やはりふとしたはずみにお国訛りが出るんだな、… 続きを読む その時、熊野は動いた⑦~熊野詣 1
その時、熊野は動いた⑥~新宮十郎行家 3
新宮十郎行家 (3) 丹鶴姫を姉にもつ新宮産まれの十郎行家は、田辺にいる甥の湛増とは仲がよくなかった。 別当家につながるとはいえ腹違いの行家が以仁王の令旨を携えて諸国をかけずりまわって決起をうながしていることは、平家寄り… 続きを読む その時、熊野は動いた⑥~新宮十郎行家 3
その時、熊野は動いた⑤~新宮十郎行家 2
新宮十郎行家 (2) 新宮で生まれ育った行家が天下の争乱のまっただなかに乗り出すきっかけとなったのは、同じ源氏の源頼政とのコネだった。行家のほうから売りこんでいったのか、それとも思い上がった平家に反旗をひるがえした頼政が… 続きを読む その時、熊野は動いた⑤~新宮十郎行家 2
その時、熊野は動いた④~新宮十郎行家 1
新宮十郎行家 (1) 多弁で、こらえ性がなく、つい腹のうちを人にみせてしまうばかりか、思い立つと軽々と行動する軽率さが取り柄の男・・・。いかにも典型的な熊野人の一タイプだな、と微苦笑させられる人物として司馬遼太郎さんの「… 続きを読む その時、熊野は動いた④~新宮十郎行家 1
その時、熊野は動いた③~丹鶴姫の怨念 3
田辺の別当屋敷跡という一画に、天正18年(1590)、弁慶松と呼ばれる周囲五抱えの大松があったことが古記録に記されている。三代目の松は昭和50年、松喰虫にやられて枯れ、現在、四代目が植えられているが、この松にも物部色の濃… 続きを読む その時、熊野は動いた③~丹鶴姫の怨念 3
三輪崎の鯨踊りについて
鯨といえば太地と誰もが思い、まさか新宮が関係しているとはご存知ない方も多いのではないでしょうか。和歌山県の無形文化財であった「三輪崎の鯨踊り」が、去る4月に日本遺産として認定されました。そして、昨9月18日、認定後として… 続きを読む 三輪崎の鯨踊りについて
その時、熊野は動いた②~丹鶴姫の怨念 2
丹鶴姫の怨念2 私が住んでいる府中市には、大国魂神社の参道でもあるけやき並木があって、けやきの中には天然記念物に指定された樹齢数百年という大木も混じっている。 そのけやき並木のかたわらに、大国魂神社を守るかのように建って… 続きを読む その時、熊野は動いた②~丹鶴姫の怨念 2
その時、熊野は動いた①~丹鶴姫の怨念 1
丹鶴姫の怨念 熊野川べりの城山(新宮)には、いまでも頑丈な石組みが残っていて、かつて白亜三層の天守と多聞櫓を持っていたという丹鶴城の偉容をしのばせる。 いまは城にあがる道がすっかり整備されて登りやすくなったが、私が小学生… 続きを読む その時、熊野は動いた①~丹鶴姫の怨念 1
かつお節考①ルーツは熊野だった!
「鰹~かつお」と聞くと、世のグルメ諸氏は、「土佐の一本釣り」や、「枕崎の鰹節加工工場」のことを思い浮かべるに違いない。そして、いつの頃からか続いているグルメブームには必ず取り上げられる調味料としての「かつおぶし」は、今や… 続きを読む かつお節考①ルーツは熊野だった!