慶長19年(1614)に、北山川流域を中心とした32か村の人たちが3000人も集まり、新宮城を落とすべく一揆を起こしました。これを北山一揆といいます。 一揆の原因にはさまざまな説があります。そのなかでも特に有名なものとし… 続きを読む 北山一揆について
成川屋佐兵衛と海の道
平安時代、日本における大消費地といえば、京都しかありませんでした。京都の人口を養うための海港が敦賀であり、北陸沿岸の米その他の物資が海路敦賀に集められました。その後、荷は馬の背に乗せて背後の山塊ひとつを越え琵琶湖で船積み… 続きを読む 成川屋佐兵衛と海の道
新宮正春・熊エプ投稿文 4~新宮八景
歴史小説作家で元報知新聞巨人軍キャップの新宮正春さんが熊野エクスプレスに寄せた「新宮八景」についての投稿があります。かつての熊エプ読者はとうにご存知のことですが、非常に中身の濃い内容で埋もれさせておくのはもったいないと思… 続きを読む 新宮正春・熊エプ投稿文 4~新宮八景
新宮正春・熊エプ投稿文 2
既に紹介済みの新宮正春特集「その時、熊野は動いた」の連載が始まる前に、作家の新宮正春さんが、熊野エクスプレスに送ってくれた暖かいメールです。締切迫る仕事の原稿よりも熊エプへの投稿に夢中になるというのがいかにも郷土愛に溢れ… 続きを読む 新宮正春・熊エプ投稿文 2
荻悦子詩集「樫の火」より~「球形の蕾」
ようやく秋らしい気候となってきたようですが、みなさま如何お過ごしでしょうか。秋と言えば読書の秋。新宮の歴史・文化にどっぷりと浸ってみませんか。 新宮高校出身の詩人・荻悦子さんが新しく詩集を出されました。題して、「樫の火」… 続きを読む 荻悦子詩集「樫の火」より~「球形の蕾」
その時、熊野は動いた⑨~幻ではなかった新宮県
慶長4年(明治元年=1868)1月、王政復古により明治政府が成立したとき、紀州藩付家老で「新宮藩」の第十代藩主だった水野大炊頭忠幹(みずのおおいのかみただもと)が藩屏(はんぺい、藩の重鎮)に列せられ、紀州本藩からはじめて… 続きを読む その時、熊野は動いた⑨~幻ではなかった新宮県
その時、熊野は動いた⑧~熊野詣 2
熊野詣(2) そもそも「蟻の熊野詣で」といわれた熊野三山信仰は、平安時代の浄土信仰のひろまりによって盛んになったものだ。本州最南端にあって京都からみて真南に位置する熊野は、現世における極楽浄土とみたてられた。 仏教化して… 続きを読む その時、熊野は動いた⑧~熊野詣 2
新宮弁? 「かしま・・やだぁ?!」
西さん、とっても、久しぶりです。 青山の森本兄の事務所でご挨拶しました。 新宮弁、楽しく読んでいます。 近くに来る機会があれば、是非、お店にお立ち寄りください。 さて、新宮弁かな?、記憶の彼方にある言葉を一つ、Гかしま・… 続きを読む 新宮弁? 「かしま・・やだぁ?!」
その時、熊野は動いた⑦~熊野詣 1
熊野詣(1) いつだったかぼんやりとテレビをみていたら、マイホーム訪問かなにかの番組に富司純子さんが出ていて、 「うちの子供たちがほたえて、もう大変…」と、しゃべっていたので、やはりふとしたはずみにお国訛りが出るんだな、… 続きを読む その時、熊野は動いた⑦~熊野詣 1
その時、熊野は動いた⑥~新宮十郎行家 3
新宮十郎行家 (3) 丹鶴姫を姉にもつ新宮産まれの十郎行家は、田辺にいる甥の湛増とは仲がよくなかった。 別当家につながるとはいえ腹違いの行家が以仁王の令旨を携えて諸国をかけずりまわって決起をうながしていることは、平家寄り… 続きを読む その時、熊野は動いた⑥~新宮十郎行家 3