矢印は寄せ手の進路を示す。合戦が大規模になってくるとさらに虎口の重要性は増し、城郭の防衛力向上のため、堀、土塁、石垣の配置に工夫が施されるようになる。 喰違虎口、食違虎口(食違虎口、くいちがいこぐち)は土塁や石垣を平行で… 続きを読む 城を学ぶ㉙~食違虎口
城を学ぶ㉘~平入り虎口
矢印は寄せ手の進路を示す。もっとも基本的な形態は平入り(ひらいり)と呼ばれるもので堀、土塁(石垣)などで曲輪を構成してその真正面に虎口を備えるものであった。この場合、大軍で押し寄せた寄せ手を正面から防ぐことになり城側に不… 続きを読む 城を学ぶ㉘~平入り虎口
城を学ぶ㉗~虎口とは
「虎口」とは中世以降の城郭における出入り口のことで、「こぐち」には狭い道・狭い口という意味がある。「小口」とも書く。「虎口(ここう)」とよむ場合は、中世の戦場や陣地における危険な場所を意味する。 虎口は城郭、あるいは曲輪… 続きを読む 城を学ぶ㉗~虎口とは
城を学ぶ㉕~城の歴史
戦乱の世を描いたテレビドラマや小説には必ず「城」を攻める側と、守る側が戦う姿が描かれる。城はいったいいつごろに生まれたものなのだろう。今回はその歴史に迫ってみたい。 始まりは古く弥生時代に遡ると言われている。狩猟から農耕… 続きを読む 城を学ぶ㉕~城の歴史
城を学ぶ㉔新宮城跡散策マップ⑯~ケーブルカー軌道跡
ケーブルカー軌道跡 昭和55年まで20年あまり鐘の丸跡で民間旅館が営業していた際に用いられていたケーブルカーの名残。
城を学ぶ㉓新宮城跡散策マップ⑮~川上不白の顕彰碑
川上不白の顕彰碑 川上不白は1719年新宮水野氏の家臣の家の生まれ。16歳で京都の表千家如心斉のもとに入門。32歳のとき、江戸に出て「江戸表千家不白流」の祖となった。 後に、不白顕彰会により建てられた石碑には、不白が好ん… 続きを読む 城を学ぶ㉓新宮城跡散策マップ⑮~川上不白の顕彰碑
城を学ぶ㉒新宮城跡散策マップ⑭~石割のクサビ跡
石割のクサビ跡 石材は鉄の矢(クサビ)を打ち込んで割られた。その矢の跡(矢穴)が残っている。 ~つづく~
城を学ぶ㉑~新宮城跡散策マップ⑬~本丸から熊野灘を望む
本丸から熊野灘を望む 城からは熊野灘が一望でき、海上を監視することができた。また、船からは天守が熊野灘航行の目印になったという。新宮城の別名が「沖見城」と呼ばれた海上交通に対する機能を物語っている。
城を学ぶ⑳新宮城跡散策マップ⑫~与謝野寛の歌碑
与謝野寛の歌碑 与謝野寛(鉄幹)は新宮を2度訪れた。 「高く立ち 秋の熊野の海を見て 誰そ涙すや 城の夕べに」 1906年来訪の折に詠んだとされている。
城を学ぶ⑱新宮城跡散策マップ⑩~本丸の搦め手
本丸の搦め手 搦め手とは裏口のこと。反対に表口を大手という。