我がらの新宮弁講座①~「ばたくる」

私たちが、小さい頃から何の疑問も持たずに使ってきた「新宮弁」。成長して都会に出ていった皆さんは、その土地で使われている言葉と故郷・新宮の言葉との違いについてどのように思われたでしょうか?そして、その後、故郷の旧友に会った… 続きを読む 我がらの新宮弁講座①~「ばたくる」

ラー3世号帰還お祝いとお礼の言葉

カネやん、無事帰還おめでとうございます!約5カ月の間、「ラー3世号ヨット通信及び航海日誌」を新宮ネットに連載させていただきましたが、読者から大変好評を頂戴しました。貴殿のご協力に対し改めてお礼を申し上げます。 私個人とし… 続きを読む ラー3世号帰還お祝いとお礼の言葉

「我がらの新宮弁講座~熊野言葉よ いつまでも~」連載開始のお知らせ!

来る8月1日より、待望の新宮弁講座を開講します。この新宮弁講座は、かつて、友人の森本剛史君が熊野人に向けて自主的に発行していたメールマガジン「熊野エクスプレス」に連載され、読者から絶大な人気を博しました。 今回、講師であ… 続きを読む 「我がらの新宮弁講座~熊野言葉よ いつまでも~」連載開始のお知らせ!

熊野ゆかりの医家列伝~③西川義方

西川義方(1880-1968) 明治13年(1880)、和歌山市に生まれ、東京帝国大学医科大学卒業後、明治41年(1908年)、筒井八百珠の薦めにより、新宮病院の初代院長となりました。 西川義方は、新宮病院院長時代に新宮… 続きを読む 熊野ゆかりの医家列伝~③西川義方

コッツウォルズ紀行⑮~バーンズリーハウスガーデン

カッスルクームで個人旅行の自由さを満喫したあと、A429を北上しバイブリーに向かう。一級国道は比較的カーブも少なく非常に走りやすい。ドライブ途中でもところどころに中世から変わらないたたずまいを残すライムストーンの家々が現… 続きを読む コッツウォルズ紀行⑮~バーンズリーハウスガーデン

熊野ゆかりの医家列伝~②下平用彩

下平用彩(1863-1923) 用彩は、文久3年(1863年)5月16日、新宮仲之町に生まれました。父秀作は医師で、水野氏に仕えました。明治維新後、廃藩置県により新宮藩が消滅、用彩の9歳のころに父とともに尾呂志村(現三重… 続きを読む 熊野ゆかりの医家列伝~②下平用彩

熊野ゆかりの医家列伝~①筒井八百珠

筒井八百珠(1863-1921) 文久3年(1863年)、新宮仲之町で生まれました。実は現在の新宮病院の隣にありました。 「筒井先生追懐談」によると、筒井家は新宮藩の剣道師範家で、代々300石を食み、仲之町に屋敷を構えて… 続きを読む 熊野ゆかりの医家列伝~①筒井八百珠

新宮ゆかりの文学者たち~⑥山本七平

山本七平(1921-1991) 七平の両親は新宮市三輪崎の生まれで、七平の祖母のぶの妹いくの娘婿が玉置酉久です。酉久は大石誠之助の兄で、西村伊作の叔父にあたり、七平からは近い親戚になります。そのため大石誠之助が連座した「… 続きを読む 新宮ゆかりの文学者たち~⑥山本七平

新宮ゆかりの文学者たち~⑤杉江俊郎

杉江俊郎(1904-1979) 本名中川俊郎。新宮町下本町在住、新宮中学を卒業後、太地小学校の代用教員を務め、のちに共立女子大学の文学部教授となり、「文炎」と「どんぐり」という二つの同人誌を主宰し、そこに小説を発表しまし… 続きを読む 新宮ゆかりの文学者たち~⑤杉江俊郎