佐藤春夫の小説に『環境』というのがあります。1943(昭和43)年5月刊行のこの本の表紙カバーを外すと、表に桃の画(方哉[まさや]の誕生を祝して春夫が描いたもの)が描かれ、裏表紙に記されているのが、「方哉は日本一のせがれ… 続きを読む 佐藤春夫と谷中安規
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「亡友谷中安規」~佐藤春夫の追悼
(略)谷中安規ははじめ朝鮮の親もとから脱出して来て長谷川巳之吉氏の第一書房の発送係か何かに住み込んでゐた二十ばかりのころ、友人堀口大学のところで初めて出あった後、僕が彼の画才と赤貧に処して卑俗でないその生活態度とを愛して… 続きを読む 「亡友谷中安規」~佐藤春夫の追悼
「絵本 FOU」
美術的な才能にも恵まれていた佐藤春夫は、ほんの装丁、本造りにもなみなみならぬ関心を抱いていた作家でした。主人公の画家マキ・イシノのフランス・パリでの暮らしぶりをややメルヘンチックに描いた作品が『FOU 一名「おれもさう思… 続きを読む 「絵本 FOU」
「街の本」シリーズ
谷中安規が、1933(昭和8)年の国画会に出品した<街の本>は4点シリーズ。「ムーラン・ルージュ」はパリの有名なレヴュー劇場をまねた新宿の軽演劇「ムーラン・ルージュ新宿座」がモチーフ。赤い電飾を灯した4枚羽のムーラン・ル… 続きを読む 「街の本」シリーズ
風船画伯・谷中安規と佐藤春夫
この記事は、平成28年11月15日(火)から、29年3月12日(日)まで佐藤春夫記念館で開催された企画展「風船画伯・谷中安規と佐藤春夫」に用いられたトーク資料を元に書かれています。今回、あらたに佐藤家で見つかった谷中作品… 続きを読む 風船画伯・谷中安規と佐藤春夫
与謝野寛の碑(新宮城跡)
与謝野寛は明治39年と明治42年に来新。佐藤春夫の文学的出発の契機となりました。この碑の短歌は39年の作で、春夫が建てるならこの短歌をと指定した「高く立ち 秋の熊野の海を見て 誰ぞ涙すや城の夕べに」が刻まれています。 な… 続きを読む 与謝野寛の碑(新宮城跡)
国立台湾文学館で佐藤春夫がテーマに
6月4日~5日、国立台湾文学館に於いて、台日「文学興歌謡」国際学術研討会(文学と歌謡国際シンポジュウム)が開催され、その国際シンポジュウムに佐藤春夫記念会が共催に名を連ねることになりました。 今、台湾では佐藤春夫の作品へ… 続きを読む 国立台湾文学館で佐藤春夫がテーマに
佐藤春夫専用サイト設置のお知らせ
これまで、新宮ネットでは、新宮の文化・歴史を紹介する際に、代表者として佐藤春夫を取り上げてきましたが、この度、スピンアウトさせて、「佐藤春夫」専用のサイトを制作しました。 今後は、佐藤春雄に関する情報はすべてこのサイトで… 続きを読む 佐藤春夫専用サイト設置のお知らせ
佐藤春夫の著作
佐藤春夫の著作は多様多彩で、詩歌(創作・翻訳)、小説、紀行文、戯曲、評伝、自伝、研究、随筆、評論、童話、民話取材のもの、外国児童文学翻訳・翻案などあらゆるジャンルにわたっています。昭和39年 5月 6日、自宅でラジオ録音… 続きを読む 佐藤春夫の著作
佐藤春夫~懸泉堂・筆塚・生育の地・生誕の地
佐藤春夫については、新宮ネット「文学史散歩」筆塚・佐藤春夫記念館・生育の家跡・生誕の地に詳しく説明されていますが、今回は那智勝浦町下里にある 春夫の実家「懸泉堂」のことと、「文学歴史散歩」筆塚、生育の地、生誕の地を写真で… 続きを読む 佐藤春夫~懸泉堂・筆塚・生育の地・生誕の地