抽象画を発表、注目を浴びる 1932年(昭和7年)7月、27歳のときに帰国し、翌年2月、小川孝子と結婚します。1934年(昭和9年)2月、村井正誠個展を銀座の紀伊国屋ギャラリーで開催して好評を得ます。 「村井君の滞欧作品… 続きを読む 抽象画家の先駆け~村井正誠②
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新宮市名誉市民・東くめ④~よろこびと感謝
このたびは皆様の一方ならぬご尽力にて鳩ぽっぽ歌碑の除幕式、新宮市名誉市民賞の授与式にお迎えいただきまして、七十年の長い年月なつかしく思いつづけて居りました私の生まれた土地に帰る事が出来ましたことを誠にありがたく御礼申し上… 続きを読む 新宮市名誉市民・東くめ④~よろこびと感謝
東くめのこと③~新宮訪問を振り返って(あや子記)
1962年7月15日! 思えば今回の新宮訪問は母にとってはもとより、私共にとっても非常に輝かしい光栄に満ちたものでありました。過って父基吉が母と共著の歌集を出版しました頃に、なつかしい故郷新宮の事をよく私共に語って居られ… 続きを読む 東くめのこと③~新宮訪問を振り返って(あや子記)
東くめ②~名誉市民称号授与式のこと(あや子記)
1962年7月15日! 「はとぽっぽ」歌碑の除幕式を終え、直ぐに母の旧い母校丹鶴小学校へまいりました。ここで名誉市民章授与の式が催されるのです。この丹鶴小学校の玄関に古びた大太鼓が置かれてありました。その昔母はこの太鼓を… 続きを読む 東くめ②~名誉市民称号授与式のこと(あや子記)
新宮市名誉市民「東くめ」のこと①(あやこ記)
新宮駅前広場での「はとぽっぽ」歌碑除幕式のこと(あや子記) 1962年7月15日。この日は私共の母「東くめ」にとって真に記念すべき生涯最良の日であったと思います。雷さえ鳴った前日の曇り空に引きかえ、ふき清めたように雲一つ… 続きを読む 新宮市名誉市民「東くめ」のこと①(あやこ記)
新宮市名誉市民をアップしました!
新宮市では、市に縁の深い人で、市に対して功労のあった人、または広く社会の進展、学術分野の興隆に貢献し、その功績が顕著である人(故人を含む)に対し、市民の敬愛の対象として顕彰しています。 これまでに、こちらの10人の方々が… 続きを読む 新宮市名誉市民をアップしました!
新宮市の名誉市民
新宮市では、市に縁の深い人で、市に対して功労のあった人、または広く社会の進展、学術分野の興隆に貢献し、その功績が顕著である人(故人を含む)に対し、市民の敬愛の対象として顕彰しています。 これまでに、以下の10人の方々が顕… 続きを読む 新宮市の名誉市民