遭難事件によって一度は終焉した太地の捕鯨であったが、生き残った人々の手で細々と捕鯨が再開された。わずかに残った古式捕鯨の道具をもとに捕鯨を再開する者や、外部の資本家の力を借りて再開する者もいたが、期待する成果は得られなか… 続きを読む 太地町の捕鯨の歴史③~古式捕鯨から近代捕鯨へ
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太地町の捕鯨の歴史②~「背美流れ遭難事件」と鯨方の終焉
日本の捕鯨場が大きな打撃を受けるさなか、太地では追い打ちをかける悲劇が起こった。明治11(1878)年12月24日の午後に「子連れのセミクジラ発見」という報せが鯨方の総指揮者である和田、太地両家に伝えられた。 季節性の大… 続きを読む 太地町の捕鯨の歴史②~「背美流れ遭難事件」と鯨方の終焉
太地町の捕鯨の歴史①~捕鯨のはじまり
和歌山県太地町の捕鯨の歴史は古く、日本の捕鯨の歴史といっても過言ではない。今から400年以上も前の慶長11年(1606)に地元の豪族出身である和田忠兵衛頼元と、泉州堺(大阪府堺市)の伊右衛門と尾州師崎(愛知県知多郡南知多… 続きを読む 太地町の捕鯨の歴史①~捕鯨のはじまり