今回、あらたに谷中安規の『童話絵本 桃太郎第一稿本』草稿11枚(含む・表紙)が見つかりました。左上に、「慵斎先生、息 方哉君への童話絵帖作成スルニツイテノ参照本」の書き込みがあります。「慵斎先生」とは、この頃佐藤春夫が号… 続きを読む 新発見!谷中安規の「桃太郎」草稿
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佐藤春夫と谷中安規
佐藤春夫の小説に『環境』というのがあります。1943(昭和43)年5月刊行のこの本の表紙カバーを外すと、表に桃の画(方哉[まさや]の誕生を祝して春夫が描いたもの)が描かれ、裏表紙に記されているのが、「方哉は日本一のせがれ… 続きを読む 佐藤春夫と谷中安規
「亡友谷中安規」~佐藤春夫の追悼
(略)谷中安規ははじめ朝鮮の親もとから脱出して来て長谷川巳之吉氏の第一書房の発送係か何かに住み込んでゐた二十ばかりのころ、友人堀口大学のところで初めて出あった後、僕が彼の画才と赤貧に処して卑俗でないその生活態度とを愛して… 続きを読む 「亡友谷中安規」~佐藤春夫の追悼
谷中安規「画人としての半生」
旬日ならずして、風の如く、当時、新築の佐藤春夫氏方にまかりいでぬ。君のくるのを待ってゐたと申されき、「苦楽」と云ふ雑誌に支那小説をかくが挿絵をかきては如何に、約一年程、連続す、さすれば君の生活も助からう、われ未熟乍ら人の… 続きを読む 谷中安規「画人としての半生」
谷中安規
内田百閒に「風船画伯」と呼ばれた流浪の版画家谷中安規は、1897(明治30)年奈良県磯城郡(現・桜井市)、昔から観音信仰で有名な長谷寺近くの参道の商家で生まれています。母を6歳で亡くし、1904(明治37)年頃、父の仕事… 続きを読む 谷中安規
「絵本 FOU」
美術的な才能にも恵まれていた佐藤春夫は、ほんの装丁、本造りにもなみなみならぬ関心を抱いていた作家でした。主人公の画家マキ・イシノのフランス・パリでの暮らしぶりをややメルヘンチックに描いた作品が『FOU 一名「おれもさう思… 続きを読む 「絵本 FOU」
「街の本」シリーズ
谷中安規が、1933(昭和8)年の国画会に出品した<街の本>は4点シリーズ。「ムーラン・ルージュ」はパリの有名なレヴュー劇場をまねた新宿の軽演劇「ムーラン・ルージュ新宿座」がモチーフ。赤い電飾を灯した4枚羽のムーラン・ル… 続きを読む 「街の本」シリーズ
風船画伯・谷中安規と佐藤春夫
この記事は、平成28年11月15日(火)から、29年3月12日(日)まで佐藤春夫記念館で開催された企画展「風船画伯・谷中安規と佐藤春夫」に用いられたトーク資料を元に書かれています。今回、あらたに佐藤家で見つかった谷中作品… 続きを読む 風船画伯・谷中安規と佐藤春夫